「初詣の 願いを 祈りに」

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祈りのくに Last Updated 2016-08-09

初詣の「願い」を 「祈り」に。

9000万人の人々が、初詣に出かけます。―(警察庁発表)
9000万人のほとんどが、自分のための「願いごと」をします。
9000万人の「願い」が、地球のための、宇宙のための「祈り」に変わったなら・・・
         日本人の「心構え」が変わり、日本が変わり、宇宙が変わります。

願い と 祈り

初詣は、新しい年を迎える儀式として、
日常の時間を離れ、日常の空間を離れ、神社や仏閣に詣でて
宇宙の本質と心の本質に触れるための日本人の所作です。

そのとき、地球が見えたら、地球上のすべての人の姿が見えたら、
環境破壊が見えたら、宇宙が観えたら、
自然の有機的秩序を観じたなら、
自分のためだけのご利益という概念は消失していきます。
エゴの願いは自動的に、人のため、社会のため、自然のため、
地球のため、宇宙のための願いに変わり始めます。

自分のためだけの願いは、「祈り」に変わっていきます。


「願い」と、「祈り」の違い

「祈り」とは(意 + 乗り)。

自分のためだけの願いに対して、

多くの人が、賛成できる(乗れる)、願い(意)、思い、考え。

神様も(乗れる)願いを、「祈り」だと考えます。



本来は、「願い」と「祈り」は、同じだったのだと思います。

「願い」は、エゴのための願い、排他的な願いに、転がりがちなのです。



「願い」を「祈り」に、と呼びかけているのは、

自分のためだけの「願い」と、「祈り」を明確に区別するためです。



自分のためだけの「願い」は、競争社会を生み出します。

競争社会では、他の会社に勝つために、

相手を叩きのめす、相手を蹴落とすためのエゴの願い、排他的な発想が生まれがちになるのです。

それは、勝ちたいという「願い」であっても、「祈り」とは本質的に違うものです。




初詣

正月三が日の参拝者数は全国9939万人、

  神社が、お寺が、ご祈願として用意しているのは、
  多くが決められたように、「家内安全」「商売繁盛」。

九千万人の日本人の多くが、自分のために「願い」ます。

それは、自分のためだけの、願いへの誘導。

それを、今、ここから、変えませんか?
九千万人の
初詣する人々、
その潜在的な力を感じることができるでしょう。

それを「観じる」ことができたなら、
「願いごと」が、自分のための願いごとから、
地球のための、宇宙のための「祈り」に変えてみたくならないでしょうか。
九千万の「祈り」は、すごいエネルギーをもつことになります。


祈りは、表明であり、顕われです。

  新しい年は、ひとつの上昇。新しい次元へ誘うものとしての歳神。
  今、ここから、時間の区切りを、宇宙の周期の区切りへ。

初詣は、そういうものを用意してくれています。


そして、

初詣の 願いを 祈りに 変えることは、
祀りごとを、
新たに、初詣に行く九千万人の「祈り」によって
蘇らせることになるでしょう。

「無」になることによって、今までの価値観から解放され、
      進化というものを、連続的に、瞬間的に、可能にします。

祈りによって、「無」になり、

つまり、すべての領域に渡っての根本的な見直しを生み出せることを「観じ」て、

時空間のすべてを建て直していく、

新しい、くにづくり、

それが、「初詣の、願いを祈りに」と呼びかけることによって、生まれるビジョンです。

      美しい初詣の姿です。